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原爆の日が近いので 

第二次世界大戦中に日本も原爆の開発をしようという案がありその技術があったそうです。
しかし昭和天皇は
「日本が最初に核を開発すれば他国もそれに追随して開発し人類が滅びるではないか」と反対されました。

ニコニコ動画「原爆開発中止を命じられた昭和天皇 2」

この紙芝居の動画ですがかなりよくできています。
戦争に至るまでの「アメリカの挑発、日本の自衛」も言及されています。
昭和天皇の「原爆開発反対」に関する御言葉は動画8分あたりから

動画の小学生がとても賢いのですが日教組の偏向教育が行なわれる前ならあり得ますね。
昔は天皇陛下や皇室についてしっかり教育されていたのでしょう。


日本人が知らない天皇陛下の祈り
『天皇陛下の全仕事』によると、
天皇陛下は元旦の午前5時半には宮中三殿に並ぶ神嘉殿(しんかでん)の前庭にお出ましになる。
庭中央の、屋根だけの東屋風の簡素な建物には清潔な青畳が敷かれ、
陛下はそこで皇室の祖先神が祭られている伊勢神宮に遥拝し、
国の安泰と国民の幸福、農作物の豊作などを祈り四方拝を行われる。
元旦の東京の日の出は午前6時50分頃、したがって周りは暗く、厳しい寒さの中での厳粛な祈りである。

今上天皇は、新聞もテレビもあまり報じないこうした古代の祭祀を非常に大切になさるという。
自らを慎み古式の装束での祭祀は年間30回を超えるそうだ。
それを忙しい「公務」の間に手抜きもなさらず、とり行っておられる。かつて天皇は日本のまつりごとの主宰者だった。
まつりごとは「祭り」であり「政」だった。
これを一変させたのがGHQだ。

米国は日本の文化及び国の形まで変えた。その一端が祭祀を天皇家の私的行為と位置づけ、日本人の生活から神道に関係するすべてを取り除くことだった。

一例が祝祭日の命名である。
2月11日は神武天皇即位を祝う日で、かつて紀元節と呼ばれた。
占領軍は神道排除に走るあまり、「たとえ国会で紀元節が承認されても、これを許可することはできない」として、2月11日の祭日を許さなかった。一体全体、一国の建国記念日をここまで否定してよいものか。

↑バチカン市国からカトリックを全排除するような横暴ですね。
全世界から非難されてもおかしくない行為です。


農業国日本の一年は、天皇が国民の安寧と五穀豊穣を神々に祈って下さり、その祀りを軸にすぎていく。
国民の生活も祝日も同様である。
1月1日の歳旦祭のあとは2月11日の紀元節3月21日の春季皇霊祭8月15日のお盆の日9月23日の秋季皇霊祭10月17日の神嘗祭11月23日の新嘗祭などが続いていった。

これらは戦後、春分の日や秋分の日、文化の日や勤労感謝の日となり、歴史とも文化とも、また四季とさえも無関係の祝日になった。


櫻井よしこ氏の2011年の記事より引用


昭和天皇が開発に反対された原爆をアメリカに容赦なく落とされ
アメリカに作りかえられてしまった日本ですが
子孫が正しい本来の姿を知ることで先祖を正しく知ることにつながります。

うちでは子供に「おいせさま」を買って読ませています。(伊勢神宮内で購入)
「おこめをつくる わがくにの
ほうねんまんさくかんしゃして
ことしのおこめをそなえます
かんなめさいは いちねんで だいじな だいじな まつりです」

絵本を暗記してよく話してくれますが
綺麗な文章だなぁと思います。
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